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獣医さんは飼主さん ++++++++ 愛犬の健康と病気

2005/07/14

ネットで色々と調べていた時、西山ゆう子先生の【小さな命を救いたい】というHPに出会いました。
先生の名前は不妊手術を勧めてらっしゃる獣医さんとして有名ですし、よくお名前もお聞きしていたのですが、HPは拝見した事がありませんでした。先生のHPはちょっと難しいかも…と敬遠していた部分もあります。

でも、HPを拝見してその考えが変わりました。
私がトップページに入った時、まず目に入ったのが西山ゆう子先生のエッセイでした。年老いた愛犬への戸惑いと愛情が等身大で書かれていて、とても身近に感じました。その内容がこちらです。

 公園の階段で (ドクターゆう子の独り言: 過去のアーカイブより)

読みながら、年老いて一時期危険だった頃のロンを思い出しました。


ロンのお散歩コースは実家の目の前にある河原でした。
この河原へ下りる階段はとても急で、一段がとても高く少し危険です。ここをロンはいつも駆け下りたり駆け上がったりして、追いかけるのが大変でした。

そんなロンが、14歳を過ぎた頃から急に老衰が進み、食欲も激減して下痢を繰り返す日が続きました。
もう長くないかもしれない…。
私は実家へ帰る度にそう覚悟をしていました。
両親は病院へは連れて行かずに自分達ができる事をして、それで無理なら静かに見送るつもりだ、と言ってました。

ロンは私とのお散歩をとても楽しみにしていました。
体は弱っても必死に元気な所を見せようと、ふらふらしながら立ち上がり、健気に少しだけ尻尾を振って見せます。どんなに弱っても小屋の周りで排泄する事を嫌がったロンは、まだ河原へ下りる気力が残っていました。

でも、体がついて行かず、階段の前で立ちすくんでしまいました。

私はこの時、初めてロンを抱えてその階段を下りました。
その時のロンの軽さを感じながら「どうしてロンは老犬になっても、こんなにも可愛いのだろう。」と、愛しい気持ちでいっぱいでした。切なさよりも、愛しさの感情の方が今も強く残っています。

先生も私達と同じ飼主なんだ…。私達と同じ経験をしているんだ…。
私達の立場で愛犬達を診てくれる先生と出会える事が、愛犬達とのより幸せな生活を支えてくれるのではないかと思いました。
14歳になる直前のロン
写真は13歳だった頃のロン。
老犬と共に暮らす飼主さん、愛犬を看届けた飼主さん、負けないでくださいね!
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Comment
そっか。アメリカでは生後1ヶ月でも手術してましたね。
それができないから、仔猫や仔犬を里親さんに託す時に、不妊手術のお願いをしなければならない事すっかり忘れていました(^^ゞ

あまりにも厳しすぎる、という声もありますよね。
実際、私と両親がボランティアの里親登録する時に厳しい審査があって、私の父は年齢の事で少し不愉快になった経験があるんですよ。当然の事だと私は説得したけど、里親になりたいという優しい気持ちをもう少し配慮した聞き方、やり方はないんだろうか?と思ったのも事実。
でも、シロさんのように里親募集をする側は、色んな人を見て裏切りも経験しているから厳しくなって当然だとも思うし…。人を見るって本当に難しいですよね…。

この前、ヘムを保護したたけっちさんから聞いたけど、たけっちさんの知り合いは里子に出した仔を転売された経験があるんですって。実際、里親募集をするのも勇気がいったそうです。
私はヘムを託された時「可愛がってください。悪い事をしたら厳しくしつけてあげてください。」とだけしか言われた記憶がないけど「犬を飼えるマンションですか?」とも聞いたそうです。
でも、私に託したのは掛けだったのかもしれませんね。

全体の底上げ、本当に私も痛感しました。
全ての立場の人の意識改革が起きないと…。それはシロさんが考えている事と、私が考えている事はとても近いのでは。
とても地味な事、最初は見過ごしてしまいがちな事、でも、誰にでもできる当たり前な事なんですよね。

「捨てない、放棄しない、増やさない。」
【2005/07/20 23:33】 URL | あこち [ 編集] | top▲


こちらでは不妊手術は生後3ヶ月以上が限界です。早期不妊手術は1ヶ月でも手術できるという画期的なもので、日本ではほとんど実践されていないのではないかと思います。3ヶ月ならぎりぎり大人と同じ方法で手術できるということで。
シェルターの面接、興味深く読みました。厳しくなれば、いい加減な繁殖地帯から仔猫を貰ってしまうということも起こってくると思います。今の日本にはとても厳しい話だと思いました。そこからしか、仔猫仔犬を入手できないというふうになれば素晴らしいと思います。とても高度なお話で、現状が追いついていないという思いを深くしました。だからこそめげずに話し続けなければ。この悲惨な状況が変化を見せない限り、現場で働く獣医達やメディア、保護活動をしている愛護団体などの姿勢を変えていくことも、とても困難だと思いました。最後だけ見てくれれば気が済むから、おまけで飼ってるのよ、治らないなら処分して、そのような台詞を当事者なら、毎日聞かされているわけですから。
全体の底上げが大事だと痛感するHPでした。誰か一方の責任でこうなったわけじゃない。みんなで変えていく、この気持ちがとても大切なのですね。ちまたに溢れかえった猫が異常なもの、散歩に連れていってもらえない犬は虐待にあっている、そういう意識を少しずつ根付かせていくために、もっともっと根気強い地道なPRが必要だと感じました。そういう意識がある人が、日本全体でどのくらいいるでしょうか?まだまだ先は長い。果てしないくらいです。でも、頑張らなきゃね。諦めないぞー!
【2005/07/19 13:04】 URL | シロ [ 編集] | top▲


いつの記事でもコメントは365日24時間OKですよ♪

西山先生の情緒的な所も魅力となっているのでしょうね。
私は難しいお話よりも、この「公園の階段で」を拝見して先生に惹かれました。(単に私の能力の問題なんですけどね。汗)
先生は私たちの強い見方だって、そう心から思えたんですよ。だからこそ、不妊手術の必要性は私達飼主の立場になっても考えている事だと感じたんです。

早期不妊手術はやはり特別なトレーニングが必要なんですね。シロさんの先生も早期不妊手術されてますよね?
凄い方が日本の小さな島で活躍していること、誇りに思います(^^)

「シェルターの面接」私達が目指しているものだと思いませんか?
なぜ、ここまで厳しい審査が必要なのか。それはやっぱり「最後まで飼えない人が多い事」が一番の原因だと思うんです。ペットを飼うのは誰でも出来る事ではないんですよね。
でも、これだけペットに関しては進んでいる様に見えるアメリカでも、里親募集にも限界があって「健康な仔の安楽死」という大きな壁があります。安楽死の数は年間100万頭とも言われているそうです…。
不妊手術の重要性を痛感しました。
【2005/07/19 11:49】 URL | あこち [ 編集] | top▲


なんと今この記事に気付きました。
西山先生は、珍しくとても情緒的な先生ですよね。そのことで多くの方が救われている気がします。
早期不妊手術についてあれこれ調べていた頃、西山ゆう子先生のHPに流れ着きました。日本ではまだまだ定着していないのが現状ですが、若い獣医さん達の中には熱心な先生も多くいるようで、未来が明るく感じます。特別なトレーニングが必要ということで、定着するには時間がかかるかもしれませんが、もし定着すれば、これはすごいことです。
我が子の老化、避けては通れないこの問題。同じ気持ちで看てくれることはとても大事なことですね。もう一度ご飯を食べてもらいたい、もう一度目と目を合わせて話がしたい、そういう気持ちにどれだけ真摯に向き合うのか、このHPを読んでいてそう思いました。
ブログの「シェルターの面接」にも感心しました。見習うべきこと、まだまだまだ…。早くみんなで追いつきたいね。
【2005/07/19 00:13】 URL | シロ [ 編集] | top▲


里々さんも、かけがえのない家族との別れを経験したのですね。
そして、そのかけがえのないラッキーちゃんの事を、お譲さん達に残している所がとてもとても素敵ですね(^^)
でも、それが一番大切な事なんだと思います。
大切なかけがえのないものが確かに存在していた事、それを伝えて行く事ができれば、一緒に暮らした経験がなくても、大切なものを残して行く事ができますよね。これが本当の情操教育かもしれません。

自分よりも遥かに短い時間を生きている命を意識することは、普段なかなか意識する事がない「自分が生きている」という事にも向き合っているのかも。

里々さんがラッキーちゃんを残しているのと同じように、私もロンやヘムをこうやって残して行きたい、と改めて思いました。
優しい、素敵な思い出を分けてくれて、こちらこそ本当にありがとう(^^)
【2005/07/18 23:34】 URL | あこち [ 編集] | top▲


西山ゆう子さんのエッセイ初めて読みました。
そして、コメントも読ませていただき、みなさん、それぞれ様々な思いで書かれていますね。

悲しい別れではあったけれど、思い出した時には、かけがえのないものに。
あたしももれなくその一人。愛犬ラッキーのことを思い出してしまいました。

後悔はたくさんあるけれど、ラッキーとの出逢いは、かけがえのないものです。

命あるもの同士が向き合って生きた証なのかなぁ...
それが犬や猫だったり、鳥や虫だったりと人それぞれだと思います。生あるもの同士が共に生きることは、すばらしいことですよね。

逢ったことのないラッキーのお墓参りに、物心つく前から連れて行かれた娘たち。
彼女たちの心の中にも今ではラッキーがいます。写真でしか見たことないのにね。
ここマレーシアに来るまえに、淋しくないようにと共同墓地にお骨をいれてきました。あの日以来始めて目にしたラッキーの骨でした。
死んでしまってさよならじゃないんだなぁ、、って、この記事に出会っておもいました。
ありがとう、あこちさん!


【2005/07/18 19:02】 URL | 里々 [ 編集] | top▲


その切なさや悲しさが、そのままコロンちゃんへの愛情なんでしょうね(^^)年老いたコロンちゃん、koronmamaさんならきっと今よりももっともっと可愛く思うはず!

ただ犬を飼うだけでは情操教育でも何でもなくて、共に過ごし、心を通い合わせて、その生涯を見届けるだけの時間をかけて初めて、生きていること、死んでいくこと、孤独であること、色々な事を体験するのだと私は思っています。
命あるものの生涯のほとんど全てを見届ける機会って、とても貴重な事ですね。

ご近所のワンちゃん、気になりますね…。
もしどこかで飼主さんと出会ったら、様子をみて優しく話し掛けてみたらどうかな?ワンちゃんの事を気にかけてくれる人がいると分かったら、きっと喜んでくれると思うなぁ(^^)
【2005/07/16 11:28】 URL | あこち [ 編集] | top▲


フォレストさんご家族の皆さまが、どれだけCちゃんを愛していたのか伝わってくるエピソードですね。
私はね、特別に立派な事や実績などを残してらっしゃる方々よりも、一緒に暮らしていた仔を最後まで可愛がって見送った方々を尊敬しているんですよ。当たり前の事と言われるかもしれないけど、その当たり前の事がどうしても出来ない人が本当に多いから。
「最後まで見放さず暮らしてください。最期まで可愛がってください。」
これは、永遠に言い続けなければいけないテーマなんだと思います。その事が痛いほど分かるから、フォレストさんの様にCちゃんを見送った方々に、心から尊敬と感謝の気持ちが湧くんです。私もがんばろうって気持ちになれるんですよ(^^)

老いぼれちゃっても、病気になっても、ボケて突然噛んだりしても、やっぱり愛しい存在。
赤ちゃんの時は天使の様だと思ったけど、成犬になって他人からはちっとも可愛くなくなっても、不思議なほどに愛しく感じるんですよね。
かけがえのない存在を失ってショックを受けない人なんていないと思う。ペットロスは当たり前の事だと思うんですよ。でも、私達家族はロンが行方不明になった時に「ペットロスにだけはならないように!」ってお互い言い聞かせて必死に探していました(^^ゞ

私もロンへの想いはヘムに引継がれていると思います。
姿形は全く違う彼等だけど、私には同じ「愛犬」です(^^)
【2005/07/16 11:27】 URL | あこち [ 編集] | top▲


コロンが老犬になったら、なんて、想像してちょっぴり、悲しくなりました。
今は、若いので、すばしこくって、階段もタタタっと駆け上がります。でも、でも、ワンコって、早く年老いてしまうんですよね...(ノ_-)
そういえば、ご近所の方でちょっと前にいつも、ゆっくり、ゆっくり、痛々しく歩くワンコがいて、最近みかけなくなりました。
歩けなくなったのかな...
【2005/07/15 11:33】 URL | koron mama [ 編集] | top▲


私が始めて一緒に犬と暮らしたのが中学生の時。シーズーのCちゃんでした。避妊という考え方が普及する前でしたから14歳で乳がんになりました。普通なら手術もできない(麻酔が難しい)年齢のはずなのに、術前検査結果が良好だったので摘出できました。1泊2日で退院してきて、すぐにへそ天でおおはしゃぎ!抜糸もまだなので先生に電話しましたが「痛ければ本人が動かないでしょうから大丈夫。犬は強いですからね」と言われるほどの元気っぷりでした。歯もきれで、内臓もきれだったCちゃんは、癌の再発で1年後には天に召されていきました。先生からは20歳までは生きられたかもねと言われたことに虚しさも感じています。
だんだん視力が落ちてきても部屋の真ん中をどうどうと歩き「ごつん」と音がしてもへっちゃらな仔。足腰が立たなくなった時には、介助歩行させるか、見守って頑張らせるかで妹と大喧嘩しました。私もCちゃんの衰えを認めたくなかったんです。
失禁するのが、本人のプライドをいたく傷つけるようではってトイレシートまで行くのです。移動しなくても済むようトイレシートの上で寝かせるのも嫌がります。最後はオムツでしたが、それも嫌がりました。当時は犬用はなかったので新生児用のに尻尾穴をあけてつかいました。
寝返りも打てなくなって、家族で夜勤交代で一時間おきに寝返りさせました。食欲は細くなりましたが、楽しみにしてる様子があったので、必死で色々な食材を裏ごししたものをあげました。
Cちゃんは赤ちゃんにもどって行くんだねと家族で言うぐらい、可愛くて可愛くて、どうしようもなかったですよ。
次の仔を迎えるのに5年かかりました。最初の2,3年は犬を見るのも嫌でしたし、シーズーなんて見たくもなかったです。後の2,3年は他所のシーズーが目の前を通り過ぎるまで家族で見つめていましたね。飼い主さんも変な家族と思ったことでしょうね。

ある方が犬を失った焦燥感は、犬でしか埋められないとおっしゃっていました。Cちゃんと築いた素晴らしいものは、次の仔たちに引き継がれているなって思う日々です。今は彼女らと、Cちゃんの眠る墓地へわいわいと行くんですよ。今年もその時期が来ました。
【2005/07/15 10:41】 URL | フォレスト [ 編集] | top▲




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