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「死」の現場の声より ++++++++ 日記・エッセイ

2005/11/24

ここ最近は、ネット以外の時間を意識して大切に過ごしています。
ネットの溢れる情報や、調べる道具しての便利さは感じるものの、
そこから得る情報だけでは偏りを感じていたので本を読んでみたり、
家族や友人達と過ごす時間をより多くとってみたり。

今日は、そんな時間を利用して読んだ本をご紹介したいと思います。
隠された風景

 隠された風景―死の現場を歩く

第一部 ペットの行方
第二部 肉をつくる
第三部 遺書を読む

という構成で、ペットが処分されている現場、家畜を処理する屠殺場、自殺者の遺言書と、それぞれの「死」に直面した人々の視点で書かれた本です。

これらの「死」は私達の生活の身近な所で起きている現実です。
非常に身近な問題であるにも関わらず、それらの「死」を身近に感じないように巧みに隠されています。
それは私達が望んできた事であり、意識的に目をそらしてきた事でもあります。
でも、その隠されてきた事の中に、私達が絶対に忘れてはならない事も一緒に隠されているんだ、と気付かせてくれます。

決して心地の良い内容ではないのに、
様々な場面と現場の声が胸に突き刺さってくると言うのに、
読みやすい文章に引き込まれてあっという間に読んでしまいました。
ここで取り上げている現場に対して、少しでも偏見と先入観がある方には、ぜひ読んでいただきたい本です。

この本を読んで思い出した事がありました。


***********************************

私が高校生の時の話です。
お弁当を食べていた時に、隣に座っていた子だったと思うのですが、どういう話の流れかご両親の仕事について語ってくれました。

彼女の家は食肉用の牛を繁殖し、子牛になると出荷していました。
人に食べられるためとは言え、大切に育てられる牛達。
そして、まだあどけなさの残る可愛らしい時に出荷しなければなりません。
子牛も自分の運命が分かるのか、トラックに乗せられる時にはひどく抵抗する、という事を教えてくれました。
そして、彼女の母親は嫁いで20年近く経っても、この牛との別れの時は堪えきれずに涙を流すのだと。

淡々と語る彼女の話に、どう相槌を打ったのかは全く覚えていません。
でも、話はそこで終わりではなく、
そんな母親だけど牛肉は好きだし「美味しい」と言って食べている、
とサラリと言った彼女の最後の言葉は強烈に覚えています。

もうその子の名前も忘れてしまったのに(汗)
この話と、彼女のご両親と彼女に対する尊敬と感謝の気持ちは記憶に残っています。

膨大な「死」「いのち」のお陰で、私は今も生かされている―
飽食、浪費、無駄遣い、自分の生活を見直してみようと思います。

テーマ=オススメの本の紹介 - ジャンル=本・雑誌

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Comment
>らんごさん
本当にどうしてこんな事が言えるのか…本当に呆れますね…はぁ。
私だったら「いただきます」と言えないのなら、全ての命(動物に限らず植物も)を食べるな!と言ってやりますよ。
私達は「命あるもの」を食べて(いただいて)生き続け、その命を奪う事で「生かされている」のだから感謝は当然だし、絶対に忘れてはいけないことですもの。
感謝の気持ちを持たないのなら、大人であれ子供であれ、自給自足してみたらいいんですよ。私達ができない事を多くの方がしてくれて、初めて生きるための命をいただいている事に直面させたらいいんです。お金を払うのは、自分ができない事を多くの方にやってもらっている、という意識も持つべきですよね。

らんごさんのブログも拝見しました。
トロくてなかなかコメントが書けませんが(汗)今後の記事も楽しみに読ませていただきますねv
【2005/12/20 12:03】 URL | あこち⇒らんごさん [ 編集] | top▲


>tenderさん
ええええぇ?その学校は広島なのかな…。
どちらにしても驚いて開いた口がふさがらない、そんな心境ですよ。
「いただきます」の意味が分かっていない!!

tenderさんが書いてくれた以外にも、そもそも子供は親のお金で食べさせてもらっている訳でしょう?その親に対しても子供は感謝すべきでは?当たり前の顔して生きているけど、決して当たり前なんかではないということを私は親に教えられましたよ。
そう教えるべき親が、そんな見当違いな苦情をしてしまうなんて情けないですね。
そして、子供の教育の場である学校側が、その苦情を受入れてしまう事も残念です。
その親が「お金を払えば食べる権利はある」という部分のみを主張するなら、「お金を払った自分には食べるのも残すのも捨てるのも自分には権利はある」と傲慢な主張へと流れて行く様に思います。

こんな苦情が常識になってしまったら、日本の未来は今より悪くなる事は確実でしょうね…。
【2005/12/20 12:03】 URL | あこち⇒tenderさん [ 編集] | top▲


↑tenderさんのお話、
全く、あきれますね。。そのような親達に育てられる子供達の将来を
憂えます。日本の未来を担う子供達なのに、可哀想です。。
他の生物に対しての感謝、忘れてはなりませんね。
先日、養老 孟司 先生がTVに出ていて、死の壁から、
死について語っていらっしゃいました。なるほど~と思うことが沢山。

この隠された風景について、いつか私のブログでも取り上げたいと思っています。
その時は、TBさせて下さいねm(_ _)m
【2005/12/19 18:03】 URL | らんご [ 編集] | top▲


さっきラジオで聞いたんだけど、給食を食べる時に「いただきます」と言うのをやめた学校の話を聞きました。
給食費を払っているのだから食べるのは当然、子どもにそんなことを言わせるな、という親の苦情からそうしたらしいです。

なんとまぁ・・・あきれてものが言えないです。

確かにお金を払っているのだから食べる権利はあるのだけれども、何をいただくのか見当違いも甚だしい。
命の代償をお金だけでカタをつける考え方はやめなくちゃ。

この記事を思い出してやってきました。
【2005/12/18 23:05】 URL | tender [ 編集] | top▲


その絵本作家の方の仰る意味が今の私にはよく分かります。
“死”を意識して“命”の尊さや連鎖を実感するものなんでしょうね。
ある方の書く小説は必ず身近な人が死ぬので、何だか安っぽく感じてある時期から全く読まなくなったのですが、この方もストーリーの展開をドラマチックにする、という意味だけでなく、もしかしたら“命”を意識したかったのかな?と、まりさんのコメントを読んで思う様になりました。
【2005/11/28 11:44】 URL | あこち→まりさん [ 編集] | top▲


ある、絵本作家の方は話の内容に必ず”死”をいれるそうですよ。
子供のときから、死と向かい合っていないと、
やさしい気持ちを忘れるからだそうです。
確かにそうですよねぇ。
こういった本を読んで、命の大切さを考えてほしいです。
【2005/11/26 12:29】 URL | まり [ 編集] | top▲


もう図書館まで行ったのね?早い(@@)
私の住む市立図書館にもなくて、県立図書館から取り寄せたんですよ。
物事には全て表と裏があるんだなぁとつくづく思います。
キレイなもの、かわいいもの、心地よいものがもてはやされる一方で、
汚いもの、醜いもの、残酷なものも同じ様にあるのに、こちらは遠ざけて目隠しをする。
私が読んで恥ずかしくなったのは、当たり前の事なのに知ろうとしなかったということ…。
見たくない、知りたくない事、痛みを、他人に全て押し付けているんだ…と思ったら、その痛みを引き受けている人達に申し訳ない気持ちになってきたんです。

ところで、唐突な消臭ごみ箱リンクに吹き出しちゃいました。笑!
ごめーん!こんな真面目な記事に書くと思わなかったの~(^^ゞ
でも、とっても優れもののゴミ箱ですねぇ。
これがあればマンションに住む私でも安心して自宅でうんち処理できます。
将来ヘムちが室内でトイレする様になったら欲しいな~♪
【2005/11/25 23:54】 URL | あこち→イオナさん [ 編集] | top▲


私達が食べている肉は、私達に食べられる為に生まれてきたいのちなんですよね…。
「罪深い」と思うのは人間だからこそでしょうね。
他のいのちも例外なく、自分以外のいのちを糧にして生きている訳ですし。
でも、人間が「罪深い」と思うのは、自分が糧にした命に感情移入したり想像力があるからですよね。
この想像力がなければ思いやりや心の痛みを感じる事もないんだと思います。
ここに鈍感になってしまう事に作者は危機感を持っているのではないか、と感じながら読みました。

「命をもらったのだから、決して無駄にはするな」
そうですね。
だから自分の命を大切にする事は、もらった命も大切にする事なんだと思います。^^
【2005/11/25 23:53】 URL | あこち→にゃん・びーさん [ 編集] | top▲


そうそう、そうでした。りっちゃん、と言われていた子です。はっきりと思い出しましたよ~。
私達のクラスメイトで、tenderさんと同じ部活でしたよね?
彼女は隠さずに皆にお話していたのでしょうね。
もしかしたら、日頃から家業に対する世間の偏見なども感じていたのかもしれません。
でも、彼女はご両親と家業に誇りを持っていたんだと思います。^^

この本に登場する現場は、屠殺場なのでもっと過酷で偏見も根強いと思います。
中には繁殖から飼育、屠殺、解体、出荷といった一連の業務を行っている方のお話もありました。
その方々の「いのち」に対する優しさにハッとさせられます。

「いただきます」の中に「私たちを生かしている死への感謝」が含まれているんですね。
【2005/11/25 23:53】 URL | あこち→tenderさん [ 編集] | top▲


携帯からいつもありがとうvでも、パケット代は大丈夫?!
私も仕事場では携帯からブログ見たりしていたんだけど、月2万円を越えてしまい、さとちに叱られてしまって携帯から見るのはやめたんです~(^^;
midoさんも気をつけてくださいね。

私なんてすごくも何でもないですよ!
書きたいから書く、伝えたいから書く、それだけなんです。汗
その書く内容がいつも言葉足らずだったり、文章のヘタクソさにがっかりくるんだけど、これで商売している訳ではないので、ありのままの自分の言葉で書けばいいや!と、実は開き直っているんです(^^ゞ
こんなブログを見に来て下さる皆さんに感謝してます。
【2005/11/25 23:52】 URL | あこち→midoさん [ 編集] | top▲


図書館で調べたらなくて、アマゾンで購入決定しました。
残酷な部分を赤裸々になっている本って目を背けたくなる現実が多くて避けられる方々も多いんでしょうか。
あこちさんがおっしゃっていた、「読んで、一番心に浮かんだのは”恥ずかしい”とゆう感情だった」と言うお言葉を胸に読んでみようと思ってます。いただきます…とゆう言葉の本質を考えて。

いきなりですが、消臭ゴミ箱のリンクはっていきます。
http://www.dinos.co.jp/defaultMall/sitemap/CSfLastGoodsPage_001.jsp?GOODS_NO=268128
【2005/11/25 13:27】 URL | イオナ [ 編集] | top▲


私の小学校の友人の多くは農家の子で、牛や豚、馬の子が生まれると、よく遊びに行っていました。
高校の時、一時的に肉が食べられなくなりました。
殺される命、生まれてくるときから人に食べられる為の生を思って。
今はしっかり食べてます。 魚だってさばきます。
私たちは罪深き人間です。他の命をもらわないと生きていけない。
それならせめて、一部たりとも無駄にせず、その命を大切に貰い受け、ありがたく自分の身体の一部にさせてもらおうと思っています。
息子達にも常々言っています。
命をもらったのだから、決して無駄にはするな、と。
【2005/11/25 08:40】 URL | にゃん・びー [ 編集] | top▲


高2のクラスの、りっちゃんのおうちも肉牛の飼育をしていましたよ。
私も彼女にそんな話を聞いたことがあります。
スーパーでは切り身の魚や肉を買うので、そこに命があったということを認識しにくい仕組みになっているのです。
幼稚園の時、給食の前には「天の神様、農家の人たち、給食のおばさんに感謝して食べましょう」と言われ続けました。
「天の神様=私たちを生かしている死」に置き換えなくてはね。
【2005/11/24 22:33】 URL | tender [ 編集] | top▲


携帯からいつも読ませてもらっています。
「意識的に目をそらしてきた事」、動物と私たち人間との関わりには、
そんなことがたくさんありますね。
あこちさんは、そういった事を真っ直ぐ捉えてブログの記事つくり
をされているので、いつもすごいなぁと思っています。
【2005/11/24 22:23】 URL | mido [ 編集] | top▲




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